最近外国の人を見かけることが多くなりましたね。テレビの中でも頻繁に取り上げられており、実際街でも普通に見かけます。私もこの間図書館で外国の方に会いました。その方は小説のコーナーにいました。私も偶然同じ本棚に用事があったので、近付くと、なんと日本語を流暢に使って話しかけてくれました。驚きながらも返事をすると、どうやら探している本が見つからないとのこと。タイトルを聞くと私が読んだことのある本だったので、すぐに見つけられました。手渡すときに「日本語がお上手なんですね」と言うと、「日本の小説を呼んで覚えました」との返答が。話も弾んでしばらく二人で話していると、私よりかなり多い量の本を読んでいることがわかり、日本語が上手な理由がわかりました。
しかし、その方が言うにはまだまだ外国には翻訳された日本の小説が少ないのだそうです。日本では外国人作家の本も多く並んでいますが、それでも少ないと感じることがありますが、海外から見ても同じことなのかもしれませんね。別の言語を自国の言葉に翻訳するのはとても難しいと聞きますが、望んでいる人も私たち以外にもたくさんいると思うので、もっと多くなればいいなぁ、と二人で思いました。

私は本を購入するときは、古本屋もよく活用しています。古本屋であれば新しいものばかりではないので、新しい発見もあってとても楽しいと感じます。見たことない本を見るとついつい買いすぎてしまうことがあったりもします。先日、よく行く古本屋で買った本の表紙を開いてみると、同時にとても濃いタバコのにおいがしました。古本を買うと結構ありがちなのですが、何度遭遇してもびっくりしてしまいます。大抵はそのまま読んでしまうのですが、その本は特に匂いが強く、困っていました。
しかし、その本は読みたいと思っていたので、インターネットで匂いの消し方を探してみることに。するとたくさんの方法が出てきて驚きました。その中でも一番驚いたのは、新聞紙にページを挟む、といった方法で、どうやら新聞紙が匂いを吸着してくれるそうです。
半信半疑でしたが、藁にもすがる思いで試してみると、本当に匂いが軽減され、さらに驚きました。そしてその本は無事に読み終えることができました。
今までも古本屋で本を開いて匂いがあるときは買うのをためらっていましたが、こんな方法があるなら今度からは気軽に買えるじゃない!と大喜びです。しかしこれでまた一度に本購入する量が増えるかもしれません。

近頃は図書館に足を運んでいます。今まで読書は好きな方でしたが、街の図書館へは何となく足が遠のいていて、行くことはありませんでしたが、先日買い物の途中に図書館の前を通りました。そのときに時間もあったしなんとなく入ってみようという気持ちになりました。その図書館は学生の時に利用して以来で、なんだか懐かしい気持ちになりました。建物自体は変わっておらず、館内の装飾や雰囲気も同じままでした。なんだか嬉しくなって本棚をたどっていくと、読んでみようと思っていた本や、気になるタイトルの本、高くて買えなかった本など当然ですが、たくさん見つかりました。
気になる本が見つかると、どうしても読んでみたくなります。読書コーナーへその本を持って行き、ついつい読み進めてしまいました。気付けば結構な時間が過ぎており、そういえば買い物の途中であったことを思い出しました。しかし本の内容もいいところで切るわけにはいきません。なので、貸出利用カードを作ることにしました。子供の頃は母が申し込みをしてくれましたが、今度は自分で申込書に記入して受付へ。すると受付の人から「以前こちらの図書館を利用したことはありませんか?」と尋ねられました。びっくりして頷くと、なんと子供の頃に通っていた私の名前を覚えてくれていたらしく、声を掛けてくれたのです。なんだか久しぶりに小学校へ帰ったような懐かしい気持ちになりました。貸出カードは新規ではなく紛失の扱いになり、私の記録は小学生からまた更新されるようになったのです。ちょっとした奇跡に胸を暖かくして、またすぐに図書館へ行くことにします。

今日は友人の引っ越しを手伝ってきました。業者に頼むのが嫌だからと一から荷造りをしなければいけません。友人は一人暮らしのため、そんなに荷物はないだろうと高をくくっていたのですが、実際訪れてみると、予想以上に物があり驚きました。特に多かったのは本で、本棚の量もさることながら、本棚に入りきらないで床に放置されている分を合わせると結構な量があります。引っ越し業者や運送会社に頼むのが嫌だという理由がなんとなくわかった気がします。
ひとまず本を箱に詰めようとしていると、友人からできるだけ分類分けをするように言われました。本の数が多い分それだけジャンルも多く、普通の小説から絵画集までさまざまな本があります。もともと本棚でも大まかにジャンル分けをしていたので、その作業は大して苦になりませんでした。しかし、本を手にするたびに、私の心をくすぐるようなタイトルが多数出てきます。友人とは結構趣味が合っていたので、不思議な事ではありません。時折流し読みをさせてもらってはその分急いで作業をしました。また、友人にしては以外にも思える本も見つかり、結構長い付き合いですが、新たな一面を知ることができた気がします。
引っ越し作業が終わり、友人が食事を奢ってくれました。お酒を飲みながら話すのは、本の話ばかりでした。

本を選ぶときは何を基準にして選んでいますか?人によってさまざまだと思います。書店に行くととてもたくさんの本が並んでおり、当たり前ですが同じものはありません。背表紙を見るだけだと同じに見えても、表紙や裏表紙などは全く違います。私は近代文学をよく読んでいますが、現代でもさまざまな出版社から新しく装丁を施されて発行されています。新しいものになると、挿絵も一新されまた違った印象を与えます。また、今までの本では挿絵が描かれていなかった作品でも新たに挿絵を追加し、読みやすくなっています。時代が古くなるにつれて、言葉も難しくなるので敬遠されがちになりますが、これであれば手に取りやすいと思いました。
また、私が学生時代に頭を悩ませた古文で取り扱っていた源氏物語や古事記などは、現代の人にもわかりやすく訳されており、内容もスルスルと入ってきました。「不朽の名作」という言葉もありますが、不朽だという肩書に慢心せずにその時代に沿った改変を行うことは消して悪い事ではないと思いました。最近では子供向けの絵本などが昔と話が違う、なんて事を聞きますが、大人向けに原作のままの昔ばなしを集めた本も出ています。時代が変わり、環境も変われば当然その周囲も変わっていき、その中には物語ももちろん含まれているのだと感じました。

薬局に行くと、つい色々見てしまう物の一つに、シャンプー・コンディショナーがあります。現在使っているものはとりあえず気に入っていて、長く同じ物を使っているのですが、薬局に行くと本当にたくさんの種類の物が、取り置かれているのでつい見てしまうのです。出来れば、今使用している物より良い物があればいいな…、という期待があって探してしまいます。そして、たまにコレは良さそうかもしれない、というシャンプーなどを買って使うのですが、やはり総合的に現在のシャンプーに勝る物はまだ現れません。もちろん、現在のシャンプーより良い物は、世の中にたくさん存在しているのはわかっているのですが、ある程度の値段設定があるので、選べる物が限定されてくるのです。毎回、美容院で販売しているような高額なものを購入できれば、それに越したことはないのですが…。なので、あまり安価ではなく、高額過ぎずと言ったところで探すと、今以上のシャンプーが見つからないのです。時々、街で美しい髪の方を見ると、どんなシャンプーを使っているのかつい聞きたくなってしまいます。でも、髪が綺麗な人は、きっとシャンプーではなく髪本来の美しさのある人なので、羨ましい限りです。

メイクをしなくても、素肌美人で綺麗な顔立ちだとそれが一番いいんですが、実際そういうわけにもいかず、日頃お肌のお手入れを頑張る中、メイクで綺麗に見せたいと思うのが女心です。いくつになって綺麗でいたい、昔近くに住んでいたおばあさんが言っていました。派手な化粧で目立つのではなく、小奇麗にする、うっすら化粧で女を忘れないようにと言っていたように思います。そのおばあさんは綺麗なお肌の持ち主で、それこそメイクしなくてもいいんじゃないかと思っていましたが、表に出るときは必ずメイクをしていたそうです。薄化粧でしたが、いつもとてもきっちりしているという印象の方でした。なので私もいまからきっちりお肌のお手入れをしておけば、あんな風になれるかなと。歳をとればシワなどが出てくるのは否めません。でも数を減らせたり、現れるのを遅らせることは可能だと思います。小説や本に出てくる「肌が透き通るように白く、キメも細かい女性」の様な人に少しでも近づけるでしょうか?物語に出てくるような完璧な女性にはなれないと思いますが、ごく一般的女性として綺麗であれたらいいなぁと思うのは、世の女性の願いだと思います。日頃のお手入れをさぼらないのが一番ですよね。素肌から綺麗に、メイクも綺麗に、そんな歳のとり方をしたいです。

辛い事があった日や疲れた日、しんどい日はマンガを読んで息抜きです。活字を読むのも大好きだけど、やっぱり根つめて読んでしまうと疲れますよね。目が乾燥するし肩も懲ります。これはもしかしたら読む姿勢が良くないのかもしれませんが、中身が濃い物や理解するのに集中する作品などを読むとつい肩に力が入ってしまいます。なので、いつも手の届く所にマンガと小説が両方並んでいたりします。机の上に数冊、ベッドの近くに数冊。マンガは何も考えず無になって読めるのでこんな時にはとても助かります。今日は本を読むぞという日は、登場人物の多い推理小説や、三角関係のもつれでいざこざが耐えない大人の恋愛物語、壮大な人生を歩んできた人の手記を読んだりします。一生懸命読むので、時間も忘れてご飯さえも食べるのを忘れ、朝から読んでいたら「何やら読みにくくなってきたな」と思うと気がついたら暗いとか、夜読み始めたら太陽がうっすら昇り始めてたとか良くあることなんです。でも無駄に時間を過ごし「暇だ!」と思うよりよっぽど有意義な過ごし方だと思っています。集中できる日は中身の濃いものを読み、気楽にいきたい時はマンガを読んで気楽に過ごす、何事も使い分けです。

子どものころ、マンガやアニメの主人公に憧れて、洋服を真似してみたり、髪形を真似してみたり、魔法が使えるアイテムを買ってもらったり、友達を巻き込んでお互いの役を与えままごとをしたりしたことが、きっと誰でも一度はあると思います。現実にはありえない動物と話を出来る主人公に憧れたり、魔法使いや変身できる登場人物に憧れたり、自分とは全く違う登場人物になってみたいと思ったり、子どものころに憧れる物はたくさんあります。実際、幼き頃はそれがいつかできるもんだと心のどこかで勝手に信じていました。そして大人になってそれは夢物語だとわかるのです。それでも、そんな夢を与えてくれたり、憧れる主人公や登場人物を作り出し、子ども達に夢を与えてくれたマンガやアニメは凄い物だと思います。今でも楽しみで読むマンガですが、子どものころを思い出して嬉しくなります。代わりに小説を読むようになり、ファンタジーなどの夢物語なども読みますが、在りえそうで在りえないすれすれなお話、もしくはどこかで起こっているんだろうけど自分の周りでは起こっていない事、隠れた所でありそうな話を読むのが最近の楽しみです。成長と共に読むものも変わるんですね。それでもマンガの存在力は大きい気がします。

学生の頃、恋愛小説に出てくるような恋愛小説に憧れていました。学校の先輩と恋愛をするとか、学校の先生を好きになるとか、幼なじみとくっつくとか。高校生の頃、同級生の女の子が学校の先輩と付き合っているのを聞いてキャーキャー言ったのを覚えています。もと塾の先生と付き合ったりクラブの先輩と付き合ったり、意外と自分の周りには小説のような事が溢れているのだと思いました。事実は小説より奇なりといいますが、自分には起こっていなくても意外とそういうことってあるんだなぁと。
歳を重ねていくと、熱い情熱に燃え盛った恋と言うよりは、落ち着いた大人の恋愛がしたいと思うものです。でも出会うも出会わないも流れだと思うし、そんな相手に会わない時は会わない会う時は会うと思うんですよね。なので恋愛は焦らず行こうと思います。それまでは料理の腕を上げたり、自分磨きに時間を費やしたいと思います。知性と情報も増やしたいからもっと本を読んだりニュースを見たり、出来る事はたくさんあります。年齢がかわれば望む物も変わってきて当たり前だと思います。その時その時に自分が出来る精一杯をしていれば、きっとそれに合った事が起こると思います。焦らずのんびり行こうと思う今日この頃です。