美容と教養

本を選ぶときは何を基準にして選んでいますか?人によってさまざまだと思います。書店に行くととてもたくさんの本が並んでおり、当たり前ですが同じものはありません。背表紙を見るだけだと同じに見えても、表紙や裏表紙などは全く違います。私は近代文学をよく読んでいますが、現代でもさまざまな出版社から新しく装丁を施されて発行されています。新しいものになると、挿絵も一新されまた違った印象を与えます。また、今までの本では挿絵が描かれていなかった作品でも新たに挿絵を追加し、読みやすくなっています。時代が古くなるにつれて、言葉も難しくなるので敬遠されがちになりますが、これであれば手に取りやすいと思いました。
また、私が学生時代に頭を悩ませた古文で取り扱っていた源氏物語や古事記などは、現代の人にもわかりやすく訳されており、内容もスルスルと入ってきました。「不朽の名作」という言葉もありますが、不朽だという肩書に慢心せずにその時代に沿った改変を行うことは消して悪い事ではないと思いました。最近では子供向けの絵本などが昔と話が違う、なんて事を聞きますが、大人向けに原作のままの昔ばなしを集めた本も出ています。時代が変わり、環境も変われば当然その周囲も変わっていき、その中には物語ももちろん含まれているのだと感じました。

メイクをしなくても、素肌美人で綺麗な顔立ちだとそれが一番いいんですが、実際そういうわけにもいかず、日頃お肌のお手入れを頑張る中、メイクで綺麗に見せたいと思うのが女心です。いくつになって綺麗でいたい、昔近くに住んでいたおばあさんが言っていました。派手な化粧で目立つのではなく、小奇麗にする、うっすら化粧で女を忘れないようにと言っていたように思います。そのおばあさんは綺麗なお肌の持ち主で、それこそメイクしなくてもいいんじゃないかと思っていましたが、表に出るときは必ずメイクをしていたそうです。薄化粧でしたが、いつもとてもきっちりしているという印象の方でした。なので私もいまからきっちりお肌のお手入れをしておけば、あんな風になれるかなと。歳をとればシワなどが出てくるのは否めません。でも数を減らせたり、現れるのを遅らせることは可能だと思います。小説や本に出てくる「肌が透き通るように白く、キメも細かい女性」の様な人に少しでも近づけるでしょうか?物語に出てくるような完璧な女性にはなれないと思いますが、ごく一般的女性として綺麗であれたらいいなぁと思うのは、世の女性の願いだと思います。日頃のお手入れをさぼらないのが一番ですよね。素肌から綺麗に、メイクも綺麗に、そんな歳のとり方をしたいです。

子どものころ、マンガやアニメの主人公に憧れて、洋服を真似してみたり、髪形を真似してみたり、魔法が使えるアイテムを買ってもらったり、友達を巻き込んでお互いの役を与えままごとをしたりしたことが、きっと誰でも一度はあると思います。現実にはありえない動物と話を出来る主人公に憧れたり、魔法使いや変身できる登場人物に憧れたり、自分とは全く違う登場人物になってみたいと思ったり、子どものころに憧れる物はたくさんあります。実際、幼き頃はそれがいつかできるもんだと心のどこかで勝手に信じていました。そして大人になってそれは夢物語だとわかるのです。それでも、そんな夢を与えてくれたり、憧れる主人公や登場人物を作り出し、子ども達に夢を与えてくれたマンガやアニメは凄い物だと思います。今でも楽しみで読むマンガですが、子どものころを思い出して嬉しくなります。代わりに小説を読むようになり、ファンタジーなどの夢物語なども読みますが、在りえそうで在りえないすれすれなお話、もしくはどこかで起こっているんだろうけど自分の周りでは起こっていない事、隠れた所でありそうな話を読むのが最近の楽しみです。成長と共に読むものも変わるんですね。それでもマンガの存在力は大きい気がします。

子どもの頃、歯磨きが嫌いで、よく親に「歯を磨きなさい!」としつこく言われていた記憶があります。大人になって、雑誌やテレビで「歯磨きの大切さ」とか、「○本の歯を維持しようとか」見る度に、やっとその大事さがわかった気がします。たかが歯磨き、されど歯磨きです。今は、歯間ブラシに歯磨きと、ある意味いい癖がついて、毎晩それをしないと口が気持ち悪くて寝れないぐらいです。最初はその癖をつけるのにも時間がかかって、やらなくちゃいけないと強要していましたが、それが日常になってくると、生活の一部となって、ないと変な感じがするんです。そういえば昔、母親が最初は真似事や思いこみでもいいから、自分がこうなりたい、こうしたいとずっと思っていたら、いつかそうなるもんだと言っていました。ちょっと違うかもしれないけど、歯を綺麗に保ちたいという思いから歯間ブラシも始めたし、こうしたいという思いはあったと思います。まあ毎日痩せたいと思っていても、いっぱいお菓子食べてたら痩せられませんけどね(笑)。それに向かって、思いを貫くのが大事だということだと思います。歯磨きも、歯医者で痛い思いとかして今に至ってるし、それこそもうそうならない様にと一生懸命始めた事です。強い思いがあればきっと何事も出来るはずです!!

ここ何年も使っていないのに、突然スケジュール帳が欲しくなっています。今もメモ帳は持ち歩いていますが、それは本当に普通のメモ帳。日にちとかカレンダーとかはついていません。昔はスケジュール帳を愛用していた時期もあったんですが、事務職を辞してから使うのをやめてしまったんですよね。友達との予定はまあそう頻繁にはないし、覚えておけばいいかなって思って。……別にさみしい子じゃないですよ。たぶん。忘れそうなときは自室のカレンダーにちゃんと丸つけますからね。さて、こんな私ですが、スケジュール帳があったら使うか否か。ちょっと悩んでいます。メモに書いていることを書きそうな気もするし、めんどくさくて使わない気もするんですよね。買うならそこそこいいのが欲しいしなあ……。友達が使っているほぼ日手帳というのに憧れているのですが、手帳にしては結構なお値段なのです。でもそれ、なんか使い勝手がよさそうなんですよ。ただ私が、果たしてそれを活用するか……。うーん。こうしてなかなか結論が出ない問題を、ぐるぐる考えています。本当は予定のほかにも読んだ本とか書き留めておきたいんですけどね、絶対続かなそうな予感がするんですよ……大ざっぱな自分の性格がうらめしいです。

女性は恋をするとキレイになると言われますが、それは本当ですね。周りにいる女性で、最近キレイになったな、と思うと好きな男性がいたり、恋人ができたりしています。恋をすると、女性ホルモンが活性化するので、女性はキレイになるそうです。確かに、好きな男性の言葉一つで悲しくなったり、喜んだり、また恋愛中は心も敏感になるので、感受性が高まりいろいろなことを感じやすくなりますよね。恋をしていると涙もろくなったりします。そういった感情の波も、女性を美しくする理由でしょうね。
また、彼の目に誰よりも美しく写りたい、という思いがとても強くなりますから、ダイエットにも励むことができるし、メイクにも力が入ります。好きな彼の前で、枝毛なんて見せられないし、ニキビや吹き出物などで肌が荒れているのも嫌です。そういったことにも細心の注意を払いますね。
そんな乙女心がなくなると、女性の美しさは消え失せていきます。誰も見ていないからといって、ムダ毛の処理も中途半端、太っても気にならない、メイクも面倒になったりします。それではいけませんね。自意識過剰になることはありませんが、常に誰かに見られている、と思い込むことも女性がいつまでもキレイでいられる秘訣でしょうね。

“オトナ思春期”などと呼ばれている更年期。女性にとってほとんどの人は避けられないものです。数年前、お花のお稽古に来るおばさま方が更年期のことについて、いろいろ話をされていました。その時私は何のことかさっぱり分からなかったのですが、今思えば更年期障害のことについて、話しをされていたのです。
顔がほてったり、イライラしたり、肩こりがひどくなったりと、さまざまな症状を起こす更年期障害。個人差も大きく、ある人はほとんど感じなかった、という人もいて、またある人は5年以上も情緒不安定になったり、さまざまな症状に悩まされているという話も。そういえば母親もホットフラッシュに悩まされていたことがありました。急にカッーっと顔がほてって、汗が滝のように流れるのだそうです。化粧もできない、とぼやいていました。
まだ自分は更年期と呼ばれる年ではありませんが、最近では更年期は若年化しているとも言われています。自分にとってもそれほど先のことではないかもしれません。更年期はちょっと怖いですが、今から体調を整えていくことが必要ですね。無理をしてダイエットをしたり、睡眠不足を続けたりしていてはいけないですね。いつまでも若くない、ということを肝に銘じて、体をいたわっていかなくては、と思います。

私は仕事でたまにビジネスホテルを利用することがあるのですが、いつも気になっているのは、ホテルの室内ってだいたい聖書が置いてあるのです。デスクの引き出しの中に入っている時もありますし、小さな本棚が添え付けられていて、そこに数冊の聖書が置いてある時もありました。なぜホテルに聖書なのだろう?と、ちょっと調べてみたら、クリスチャンは寝る前に聖書を読む習慣があるそうなのです。それで、キリスト教会がホテルに聖書を寄付しているのだそうですよ。てっきりホテルのオーナーが、キリスト教を布教していると思っていました。各ホテルに必ずあるし、ホテル経営者はキリスト教限定なのかな?と思っていたぐらいです。そういえば、私が学生のころ、キリスト教の友人がいましたが、寝る前に聖書を読んでいるようなことを言っていました。
私は仏教なので、聖書には縁がないのですが、この前初めて聖書を読んでみました。人としての生き方や、心の置き方など、とても良いことがたくさん書いてありました。キリスト教の信者さんでなくても、聖書を読めば何かが変わりそうな気がする、そんな気持ちになってしまう本でした。
最近の聖書は、現代の人にもわかりやすい表現で書き直しされているそうで、神様のことがわからない私でも、わかりやすかったです。

小説家を仕事にするというとき、副収入もあったほうがいいと思います。小説家はプロとしての活動を開始して本を出せるようになれば原稿料や印税などの収入がありますので食べていくことはできますが、その金額が少ないときも多いですし、しかも毎月のように本を出していくようなことができればそれだけで食べていくこともできますが、そのような形になれるのはかなりの売れっ子ということになりますので、最初のうちはそのような収入には期待できません。そのため、副収入があったほうがいいのです。仮に売れっ子のような形になったとしても本が書けないというスランプがあったり、書けたとしてもその内容がイマイチで認められないということもあるので、そのようなことにも備えて副収入はあったほうがいいと言えます。もしくはある程度お金を貯めてから、不労所得のような形の収入を確保しておくというのもいいのではないでしょうか。そのような収入があれば小説を書きながら安定した所得を得ることができますので、このような形で安定を目指すというのもいいのかもしれません。いずれにしても小説家だけの収入に頼る生き方はあまりいいことではないので、気をつけておきましょう。

小説を書くことが好きで小説家になりたいということであればいいのでしょうが、小説家になりたいから小説を書くということになると、あまりいい結果にはならないと言われています。同じようなことに思うかもしれませんが、意外とこのふたつは違うんです。どういうことなのかといえば、作家になるということが目的で、そのために小説を書くというのは肩書きが欲しいということになりますが、物語を書くのが好きで、その結果として小説家になったということになるので、肩書きが欲しいだけなのか、書く事が好きなのかという違いが生まれてくるんです。そのほかの仕事でも同じことが言えますけど、政治家になりたいから政治家になるのと、何かやりたいことがあって政治家になるのとでは違います。作家というのはその肩書きがほしくて目指してしまう人もいるのですが、そのような思いだけだと長続きしなかったり、あまりいい作品が生まれなかったりということもありますので、自分がどのような考えを持っているのかということは改めて考えておいたほうがいいのではないでしょうか。もちろん、物語を書きたいということが目的であればなんの問題もないのでがんばって書きましょう。